大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和55年(ヨ)3058号 判決

債権者

有賀久雄

右訴訟代理人

松村文夫

外七名

債務者

日本自転車振興会

右訴訟代理人

風間克貫

外二名

債務者

北日本自転車競技会

債務者

関東自転車競技会

債務者

南関東自転車競技会

右三名訴訟代理人

桝田光

外二名

主文

債務者らは債権者に対し連帯して昭和五六年五月から本案判決の確定まで毎月末日限り金二〇万円を仮に支払え。

債権者のその余の申請を却下する。

申請費用は債務者らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

債務者らは債権者に対し連帯して昭和五五年二月から毎月末日限り金三〇万円を仮に支払え。

二  申請の趣旨に対する答弁

本件申請を却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

第二  当事者の主張

一  申請の理由

1  当事者

(一) 債務者日本自転車振興会(以下債務者日自振という。)は、自転車競技法一二条に基づき、競輪の公正かつ円滑な実施をはかるとともに、自転車その他の機械に関する事業等の振興に資することを目的として設立された法人であり、同法一二条の一六に定める業務を行なうものである。

(二) 債務者自転車競技会ら(以下債務者競技会らという。)は、自転車競技法一三条に基づき、競輪の実施に関する事務を公正かつ円滑に行なうことを目的として設立された法人であり、競輪施行者である地方公共団体の委託を受けて同法一三条の九に定める業務を行なうものである。

(三) 債権者は、自転車競技法五条に基づき、昭和三五年八月七日登録番号六九三二番をもつて債務者日自振に登録されたA級の競輪選手であるが、昭和五一年一月八日から競輪に出場できないでいる。

2  債権者の不出場の経過

(一) 競輪選手が債務者日自振に選手として登録されるためには、日本競輪学校に入学し、一二か月の特訓を受けた後卒業試験(資格検定試験)に合格しなければならず、また競輪に出場するためには、債務者日自振から施行者の委託を受けた競技会に対して開催競輪ごとに選出、あつせんされることが要件となつている。しかして債権者は右一連の手続を経て債務者日自振に選手として登録され、同日自振からのあつせんを受けて競輪に出場することにより収入を得てきた。

(二) ところが債務者日自振は、昭和五一年一月八日債権者に対し、「昭和五〇年七月二七日から同月二九日まで行なわれた弥彦競輪の競走における不正競走容疑及び背後関係に関する調査」を保留事由として、競輪に関する業務の方法に関する規程(以下業務規程という。)一二六条一項三号に基づきあつせん保留をなし、更に昭和五一年四月八日、継続調査のためと称して同号但書に基づき右あつせん保留の期間を二か月延長した。しかし債務者日自振は債権者に対しその主張のような不正を見い出せないために何らの処分もせず昭和五一年六月七日右あつせん保留を解除した。

(三) これより先、債務者競技会らを含む全国の競技会は、昭和五一年一月二〇日ころから二月初めにかけて一斉に債務者日自振に対し、右弥彦競輪についての不正容疑を理由として債権者についてあつせん辞退をした。

(四) 競技会から右のようなあつせん辞退があると、債務者日自振はその競技会に対して当該選手のあつせんをしないたてまえとなつており、競技会が当該選手についてあつせん辞退を解除せず、更に引続き更新する場合には、競技会において一〇月末日までに債務者日自振にその旨の更新の通知をなすことにより翌年一月一日から一二月末日までの間あつせん辞退が更新されることになつている。

(五) 全競技会は、債務者日自振が前記のとおり債権者についてあつせん保留を解除した後も債権者についてあつせん辞退の解除をなさなかつただけでなく、昭和五一年一〇月末日から、毎年一〇月末日に債権者のあつせん辞退を債権者日自振に対し更新し続け現在に至つている。

このため債権者は、昭和五一年六月八日以降も競輪選手として登録されていながら全く全競輪に出場できないでいる。

(六) そこで債権者は、昭和五一年六月二九日長野地方裁判所諏訪支部に債務者日自振を被告としてあつせん義務の確認と損害賠償請求の訴を起こした(昭和五一年(ワ)第五〇号)が、右事件は行政訴訟であるという理由で東京地方裁判所に移送され、同民事第三部に係属、審理中である(昭和五三年(行ウ)第一四四号)。更に債権者は、全競技会と四八施行者を被告としてあつせん辞退の無効確認と損害賠償請求の訴を起こし(昭和五三年(行ウ)第一七九号)、同じく同部で審理中である。

(七) 債権者についてのあつせん辞退の理由は、前記弥彦競輪の競走における不正競走容疑及び背後関係であるが、債権者にはそのような不正競走容疑、背後関係は存しない。このことは債務者日自振が前記のとおり五か月にわたるあつせん保留期間中調査したにもかかわらず、何の証拠も見い出せずにあつせん保留を解除したことからも明らかである。債務者日自振は、債務者競技会らからのあつせん辞退があるために債権者についてあつせんを行なわないのであり、債務者日自振としては債権者を出場させてもよいと考えていること、現在では債権者に関する不正競走容疑についての調査を行なつていないことを明らかにしている。〈以下、事実省略〉

理由

第一当事者

申請の理由1の事実は当事者間に争いがない。

第二債権者の不出場の経過

債権者は、債務者日自振からのあつせんを受けて競輪に出場することにより収入を得てきたところ、債務者日自振は、昭和五一年一月八日債権者に対し「昭和五〇年七月二七日から同月二九日まで行なわれた弥彦競輪の競走における不正競走容疑及び背後関係に関する調査」を保留事由として業務規程一二六条一項三号に基づきあつせん保留をなし、更に昭和五一年四月八日継続調査のためとして、同号但書に基づき右あつせん保留の期間を二か月延長したが、債権者に不正を認めるに足る資料がないとして昭和五一年六月七日右あつせん保留を解除したこと、これより先債務者競技会らを含む全競技会は、昭和五一年一月二〇日ころから二月初めにかけて、一斉に債務者日自振に対して右弥彦競輪についての不正容疑を理由として債権者についてあつせん辞退をしたこと、競技会からあつせん辞退があると、債務者日自振はその競技会に対して該当選手のあつせんをしないたてまえとなつており、競技会があつせん辞退を解除せず更新する場合には、競技会において一〇月末日までに債務者日自振に更新の通知をなせば翌年一月一日から一二月末日までの間更新されることになつていること、ところで全競技会は債務者日自振が債権者についてあつせん保留を解除した後もあつせん辞退の解除をなさなかつただけでなく、昭和五一年一〇月末日から毎年一〇月末日に債権者についてあつせん辞退を更新し続けているため、債権者は昭和五一年六月八日以降も競輪選手として登録されていながら全く競輪に出場できないでいること、以上の事実は各当事者間に争いがない。

第三競輪の実施の手続き並びにあつせん保留及びあつせん辞退について

一競輪選手の登録及びその消除について

競輪に出場する選手は「競輪審判員、選手および自転車登録規則」(昭和三二年九月一四日通商産業省令第三九号、以下登録規則という。)の定めるところにより、被告日自振に登録されたものでなければならず(自転車競技法五条一項)、被告日自振は選手資格検定に合格した者を選手として登録する(業務規程七七条)。また被告日自振は、競輪の公正かつ安全な実施を確保するため必要があると認めるときは、登録規則の定めるところにより登録を消除することができる(自転車競技法五条二項)。

このように競輪選手の登録とは、登録された選手に対し全国各地で開催される競輪に出場しうる一般的資格身分を付与する行為であり、また登録の消除とは、右一般的資格、身分を剥奪する行為であるといえる。

二競輪参加及びあつせんについて

〈証拠〉によると次の事実が認められる。

1  競輪を施行できるものは、都道府県及び自治大臣が指定する市町村であり(自転車競技法一条)、債務者日自振に登録された選手が個々の競輪に参加出走するためには、その選手と各施行者との間で出場契約が締結されなければならないが、昭和五五年当時において、全国の競輪施行者数は二六二、(もつとも一部共同で競輪事務組合を作つているため施行者の単位としては九〇)、登録選手数は四〇〇〇名余となつており、かつ全国各地で開催される競輪は競合しているといつた情況からも明らかなとおり、多数の競輪施行者と競輪選手との間で各個別に出場契約締結のための交渉を行なわなければならないとすると非能率であり事務も混乱するのでその間の調整を行なうことが必要となり、この調整が債務者日自振の行なつているあつせんである。

2  ところで右あつせんの手続は次のとおり行われる。

(一) 競輪施行者は、自転車競技会に対し競輪の実施を委託しているが、自転車競技会が競輪を実施する場合には、出場選手あつせん依頼書に特定の希望選手を指名してその出場あつせんを債務者日自振に求める(業務規程一一四条)。

(二) 債務者日自振は、右の求めに応じてあつせん計画をたて選手をあつせんする(業務規程一一五条、一一六条、一一七条一項前段)。

(三) これと同時にあつせんした選手に対して出場あつせん通知書を送付する(業務規程一一七条一項後段)。

(四) 出場あつせんを受けた選手が、当該競輪に出場を希望するか否かは本人の自由であり、参加を希望する場合は出場希望回答の締切日までに参加する旨、参加を希望しない場合は参加しない旨記載した当該競輪施行者あての参加申込書を債務者日自振に送付する(業務規程一一七条二項)。

(五) 債務者日自振は、出場希望回答の締切日までに到達した参加申込書を取りまとめ、参加申込選手を確認した後、一括して当該自転車競技会に送付する(業務規程一一九条一項)。

(六) 右送付を受けた自転車競技会は、参加希望選手あてに参加通知書を送付する。

(七) 右手続により施行者と各選手との間に競輪出場契約が締結されたことになり、選手は当該競輪に出場することができることになる。

三あつせん保留及び停止について

1  業務規程一二六条一項によると、債務者日自振は選手に次の各号の一に該当する事由が生じたときは、それぞれの期間当該選手に対する出場あつせんを保留することができるとされ、その事由とそれぞれの期間が同条同項の一号から八号まで規定されており(但し四号は削除されている。)、これをあつせん保留と称しているところ、本件債権者に対する前記あつせん保留の根拠である同条同項三号は、「業務規程八七条一項の規定(選手登録消除事由)に該当するおそれがあつて、債務者日自振がその調査を開始したときは、三月以内において、その調査中及び審議の期間。但しやむを得ない事由があると認められるときは、その期間を延長することができる。この期間の延長は通じて二月をこえることができない。」と定められている。

2  〈証拠〉によると、あつせん保留は、債務者日自振が競輪の公正、安全を確保するために設けられたものであつて、その意義は債務者日自振において、競輪選手に選手として適格性を欠くのではないかという疑惑が生じた場合に、その疑惑の真偽を明確にするため調査及び審議を行なうが、その期間中に当該選手が競輪に出場することは、競輪を公正かつ安全に実施するという観点から不適当であり、特に選手に不正競走の容疑がある場合にこれをそのまま出場させると、競輪場内の雰囲気が非常に悪化し不測の事故が発生するおそれがあり、これを未然に防止するということにある。そして、競輪選手は、前記のとおり債務者日自振によるあつせんによつて施行者との間で出場契約を締結することになつていることからも、あつせん保留がなされると、その期間中は競輪への出場は事実上不可能となることが認められる。

3  また業務規程一二七条によると、債務者日自振は選手が次の各号の一に該当するときは、一年以内の間出場あつせんをしないものと定めており、前2記載の各疎明資料によると、これは通常あつせん停止と呼ばれ、あつせん保留と同様債務者日自振が競輪の公正、安全を確保するために設けたものであり、あつせん停止がなされると、選手は前記あつせん保留の場合と同様その期間中競輪に出場することは事実上不可能となることが認められる。

四あつせん辞退について

1  業務規程一二四条によると、債務者日自振は、ある競技会が競輪施行者と協議の上、やむを得ない理由によりあつせんされることを希望しない選手については、当該競技会が当該競輪施行者からその実施を委託された競輪にあつせんしないこととなつている。

2  〈証拠〉によると、右制度を通常あつせん辞退と称し、あつせんの手続に際し、競技会が債務者日自振からのあつせんを希望しない選手を予め債務者日自振に対しあつせん辞退選手名簿により通知することによりなされ、これがなされた場合、債務者日自振としては、前記業務規程にのつとり当該競技会に当該選手をあつせんすることはない。ところで、各競技会があつせん辞退選手を決定する場合には、債務者日自振が業務規程一四二条により設けた「番組編成の要領」(昭和三七年一〇月一日三七重第九〇九二承認)第5章第第5節6(1)において、「出場あつせんを辞退しようとする選手を決定するときは、管理・審判等関係委員と緊密に連絡し、該当選手に関する競走の成績、競走の状況、その他記録、資料等を詳細かつ具体的に検討し、当該競輪施行者と協議して行なう。」ものとされ、また昭和三八年一月二八日付の「出場あつせん辞退選手の取扱いについて」と題する当時の債務者日自振会長から各競技会会長宛の文書において、その一項で、「競技会は、選手が担当の競輪に参加した結果により、関係施行者と協議し、慎重に検討した上、あつせんを辞退するに充分な事由を認めた場合には原則として当該競輪場に限りあつせんを辞退することができる。ただし、緊急やむを得ない場合(例えば同一ファンの交流する近隣競輪場で選手が重大な事故を起こし、当該選手の参加が公正安全な競輪を行なうに支障があると認められた場合等)は当該選手を辞退することができる。」とされている。更に各競技会から債務者日自振に対して通知される前記あつせん辞退選手名簿には「番組編成の要領」第5章第5節6(2)において、選手名の他、辞退する競輪場名、辞退適用年月日、理由を記載することとされており、右理由欄には記載要領注1として、「冒頭にあつせん辞退理由の該当項目(大別による)を記し、内容を具体的に記入すること。」となつているが、右の「あつせん辞退理由の該当項目(大別による)」とは、前記「出場あつせん辞退選手の取扱いについて」の3項に規定されている辞退事由すなわち、「辞退の事由は公正安全な競走を実施するため当該選手のあつせんを辞退するに充分なものとして次の各項に大別する。(1)自転車競技法違反容疑関係、(2)不正競走容疑関係、(3)不正協定容疑関係、(4)背後関係不明朗(家族の車券購入容疑を含む)、(5)競走上の適正欠如関係、(6)素行および態度不良関係(ヒロポン、有害な薬物常用者、特異疾患者および無届不参加を含む。)」の各項目を指すものと解され、実際上も理由欄には右大別の番号(1)ないし(6)を記載することとして運用されている。なお前記「出場あつせん辞退選手の取扱いについて」は、右3項以外に8項で「(1)健康上の事由による場合、(2)三親等以内の親族が施行者、競技会の役職員であつて開催業務に従事する場合および予想屋、両替屋等競輪関係の業務に従事する場合」によるあつせん辞退を規定しているが、この場合あつせん辞退を受けた選手に対しては、「あつせん上においてのみ考慮するものとする。」と明記してあるとおり、3項の場合とはその質を異にする事例というべきである。次にあつせん辞退をなし得る期間については、業務規程上の定めはなく、前記「出場あつせん辞退選手の取扱いについて」においても、その4項で、「辞退の適用期間は、債務者日自振があつせん辞退選手名簿を受領した日以降に同債務者が出場あつせんを行なう競輪から辞退が解除された日までとする。」とされているだけで期間の定めはなく、実際の運用においても期間を定めてなされてはいない、ただし、その5項で、「辞退の事由がなくなつたときは、その都度遅滞なく辞退を解除し、あつせん辞退解除選手名簿を作成し債務者日自振に提出するものとする。」とされ、その6項で、「辞退選手名簿は毎年一〇月に翌年の一月一日から適用できるように更新するものとし、更新に当たつては、現に辞退している選手についてその内容を再検討し、更新辞退選手名簿を作成し、一〇月三一日までに債務者日自振に提出する。この際、辞退を解除する選手については、あつせん辞退解除選手名簿を提出する。」ものとし、実際上もこのように運用されている(あつせん辞退解除選手名簿及びあつせん辞退更新選手名簿の記載要領は「番組編成の要領」第5章第5節6、(2)、(3)により、前記あつせん辞退選手名簿とほぼ同一であるが、理由欄の記載要領注1はない。)。

なお、昭和五五年九月時点において、あつせん辞退されている選手数は約二五〇名であるが、全競技会から、あつせん辞退されている選手は債権者一名である。

以上の事実が認められる。

3  以上の事実によると、あつせん辞退は、選手と施行者との間の競輪出場契約の締結に際し、契約の一方当事者である施行者の委託を受けた競技会が、当該選手とは契約を締結しない旨の事前の意思表示であり、契約自由の原則に基づくものと解されるが、これがなされた場合、あつせん辞退を受けた選手は、あつせん辞退を受けた当該競輪に出場することができなくなり、選手の利害に重大な影響を及ぼすことにもなる。そのため、競輪施行者又はその委託を受けた競技会に対し、恣意によらずこれを慎重になすよう前記のとおりの手続規定が設けられていると解するのが相当である。もつともあつせん辞退の理由については、前記「出場あつせん辞退選手の取扱いについて」3項の(1)ないし(6)号の事由に限定されるもの(8項は例外)と解すべき理由はないものの、右各号の事由は、いずれも競輪の公正、安全の確保という見地から定められていることにも照らし、あつせん辞退の理由は右各号のほか右の事由に準ずるものであることを要するものと解するのが相当である。

しかして右の理は、あつせん辞退の更新の場合にも同様であるというべきである。

第四債務者らの責任について

一債権者のあつせんを受ける地位について

競輪に出場する選手は、債務者日自振に登録された者でなければならず、また債務者日自振のあつせんを受けて施行者との間で出場契約を締結することにより競輪に出場することができることは前記のとおりであるが、自転車競技法、業務規程等において、債務者日自振が選手に対し公正に出場のあつせんをする債務を有し、各競技会が競輪選手と出場契約を締結すべき債務を有することを定めた明文の規定はなく解釈上右債務を認むべき根拠もない。しかしながら、〈証拠〉によると、競輪選手が債務者日自振に登録されるためには、債務者日自振の設置にかかる日本競輪学校に入学し、一二か月の訓練を受けた後、資格検定試験に合格しなければならず、又、競輪選手は登録されていても、あつせんにより契約を締結していた選手が急に欠場し、出場する選手が足りなくなつたといつた例外的な場合を除いては、債務者日自振のあつせんを介さずに施行者と選手間で直接契約が締結されることはないこと、あつせん保留及びあつせん停止については、前記のとおり、債務者日自振が競輪の公正、安全を確保するため業務規程に制限的に規定された事由に該当する場合にのみなし得、これがなされると全国の競輪に出場することが不可能となること、あつせん辞退(更新の場合も含む。以下同様)についても、前記のとおり選手はあつせん辞退のあつた当該競輪についてのみ出場することができなくなるが、債権者のように全国の競技会からあつせん辞退を受けた場合には、あつせん保留、停止の場合と同様全国の競輪に出場することが不可能となることからも慎重になされることが要請されること、競輪選手が選手として得る収入には各種賞金があるが、これらはいずれも選手が競輪に出場してはじめて得ることができるものであつて、競輪に出場しなければ選手としての収入は全く得られなくなること、従つて選手としては競輪に出場し得るか否か、またその出場回数の確保は重要な問題であり、債務者日自振も「選手出場あつせん調整基準」(昭和四五年五月三一日日振斡第三〇八号)において、各選手につき標準として年間二四回のあつせんを行なうものとし、現在運用面においても、債務者日自振は各選手について年間二四回以上のあつせんを行なつていること、また競輪選手は兼業を禁止されてはいないものの、全国各地で開催される競輪への参加やプロスポーツ選手として日常の練習はかかせず、練習を怠りランクが下がつた場合、直ちに収入の減少につながるだけでなく、場合によつては登録消除にもなりかねないことから、実際上アルバイト程度の仕事しかできず、大部分の競輪選手は競輪出場による収入によつて生活せざるを得ないことが認められるのであり、以上の事実によれば、競輪選手が出場あつせんを受ける地位は法的に保護されるべき地位であるということができる。

二債権者に対する債務者日自振のあつせん保留及び債務者競技会らのあつせん辞退について

1  〈証拠〉によると次の事実が認められる。

(一) 債権者は、昭和五〇年七月二七日から二九日までの三日間、新潟県弥彦競輪場で開催された昭和五〇年度第二回四市町村組合営弥彦競輪第一節にA級三班の選手として出走したが、第一日目第八レースA級先頭固定選抜二〇〇〇メートル競走九車立に四番選手として出走し、スタート後四、五番手で走つていたが第五周目(最周回)で第四コーナー附近からインコースに差し込み前走者に詰つて八着となり、第二回目第七レースA級普通選抜二〇〇〇メートル競走八車立に七番選手として出走し、三周目までは七番手、四周目に二番手となつたが抜きかえされ、前走者に詰つて五着となり、第三回目第七レースA級普通選抜二〇〇〇メートル競走九車立に一番選手として出走し四周目までは七、八番手であつたが最周回に外側から前走者七名を追い抜く、いわゆるまくりに出て二着を二車身離して一着となつた。ところで、第三回目の第七レースにおいて一番を頭とし、一―二、一―三、一―四、一―五及び一―六という五組の車券を各組一〇万円(一〇〇〇票)合計五〇万円を前売りで購入した者がいて、この者に本件レースの配当金二一二万円が支払われたが、弥彦競輪場においては、同一人物による五万円以上の投票は大口投票としてチェックされ、本投票についてもチェックされたが、五〇万円の売上げを行なつた例は同競輪場開設以来初めてであつた。

(二) 競輪が公営ギャンブルとして認められて以来、今日まで少なからぬ不正競走や選手の走行方法に対する不信から観衆の騒じよう事件が起きており、特に競輪発足時から昭和三三、三四年ころまでが多く、施行者の中には競輪の廃止を検討するところもあり、このため競輪の公正、安全の確保は債務者日自振や競技会にとつて急務となり、昭和三一年には、関係団体により事故防止対策協議会が設けられたが、事故が多発したため、更に昭和四〇年には通商産業省重工業局長名による「競輪公正、安全確保についての組織の確立について」(昭和四〇年九月二九日、四〇重局一七九六号)という通達により右協議会は廃止され、これに代わるものとして中央に競輪公正安全中央委員会、各通商産業局ごとに競輪公正安全地区委員会を設置し、競輪の公正、安全の確保に関する調査審議を行なうことになつたが、それでも不祥事件が絶えないので、昭和四五年には中央委員会により「競走の公正安全を確保するための措置の強化について」(昭和四五年六月一〇日)が決定され、この中で各都道府県別に施行者、競技会、選手会及び施設者が原則として月一回事故防止対策会議を開催すること、不正競走容疑又は背後関係不明朗を理由とするあつせん辞退については、その内容を精査しその結果に基づいて当該辞退理由の発生した競輪を担当する競技会が実施するすべての競輪にあつせんしないことなどが定められた。しかるに昭和四七年には自転車競技法違反容疑により競輪選手が多数逮捕される事件が発生したため、中央委員会は「不正競走防止のための措置の強化について」(昭和四七年七月二四日)を決定し、この中で不正容疑に関連する情報の把握及び伝達体制を強化するための、施行者、競技会、日本競輪選手会の三者の協力によるレースの総合再検討制度を実施することとした。これは毎日の最終レース終了後、各レースについてレース展開、異常売上げの有無、場内の動静等を総合的に分析検討してその結果を記録すると共に、各開催ごとにこれをとりまとめて府県別情報委員会に報告するものとし、また、府県別及び中央に情報委員会を設け、毎月定例的に各関係者において把握した不正容疑に関連する情報の交換及び審査を行なうものとし、更に施行者は中央情報委員会における審議結果を勘案し、競輪の公正、安全確保の見地から、出場に問題のある選手との出場契約の締結に当たつて慎重に対処するものとし、債務者日自振は、中央情報委員会における審議結果を勘案し、必要と認めるときは業務規程に基づく登録消除、あつせん停止、あつせん保留の措置を講ずるものとされている。

(三) 前記(一)のレースについては、二日目のレースの後に行なわれた総合再検討の際に、債権者の競走状況について平素の脚質、脚力に比し不自然な競走をしたものと特記され、三日目のレースの後に行なわれた際に、債務者について売上げが異常に上昇した特定の枠に大口の投票があつたものと特記され、このレースが昭和五〇年八月五日に開催された新潟県情報委員会で討議された。この結果競走の状況に照らし、すなわち、一日目、二日目は債権者の平素の競走と異り、一日目は最終周回五番手の好位にありながらまくつて出ずインコースを突いて八着、二日目も最終周回イン粘りの態勢となり、結果インに詰つて五着となつたが、三日目は最終周回第二コーナー附近より八番手の位置から同選手本来のまくり戦法に出て、二着を二車身離して一着となつたことは、三日間の競走の脚力からして一日目、二日目の競走は同選手の脚力を充分に発揮せず、人気を落とすため故意に敗退したものと思料されたこと、投票及び払戻しの状況については、三日目前売所において一枠を頭で流し、一―二、一―三、一―四、一―五、一―六と各一〇万円ずつの大口投票があつたが、同競輪場においては同一人物による五万円以上の投票は大口投票として一々チェックしているが、一〇万円以上の投票となると年間二、三回程度といつた稀な例であること、背後関係者の動向としては、長野県湯田中方面よりファン四人グループらしき者(内一人は女性)が来て大口投票をし、払戻しを受けて車で立去つたこと、競輪場内の風評及び観客の動向としては三日目のレース終了と同時に第四コーナー、ホーム、第一コーナーのファンから激しいば声があつたことからして、債権者に不正競走を行なつた疑があるものとして中央情報委員会に提出された。これを受けた中央情報委員会では、同年一一月に本件について討議し、本件については内容を充分に審査し、また、債務者日自振の審査部でも調査を開始することとなつた。そして債務者日自振審査部では、前記大口車券を購入した申請外干場貞子について、申請外林徳一から債権者と申請外干場が湯田中で会つている等の供述を得、同年一二月末の中央情報委員会に右事実について報告がなされ、債務者日自振は昭和五一年一月八日債権者について不正競走と背後関係に疑いがあり調査を要するとし、業務規程一二六条一項三号によつて債権者のあつせん保留をなした。右あつせん保留に際し、同日債務者日自振審査部において債権者を取調べ供述録取書を作成したほか特に背後関係について調査を行ない、申請外干場らについて、新聞、知人らからの聴き取りにより、同申請外人の生活状況、過去の犯罪歴、債権者との関係の調査を行なうとともに、問題となつたレースに参加した他の選手の供述調書等が作成され、更に同年四月八日継続調査の必要があるものとして、業務規程一二六条一項三号但書に基づき債権者についてあつせん保留期間を二月延長して、更に背後関係等の調査を継続したが、不正競走と断定できるだけの証拠はなく、同年六月七日あつせん保留を解除した。その後同年八月ころまでは債務者日自振審査部において実質的な調査がなされたが、その後は実質的な調査が行なわれた形跡はない。また、中央情報委員会には、昭和五一年五月に債務者日自振審査部から報告がなされたが、その後報告は行なわれておらず、中央情報委員会としての調査も行なわれていない。

この過程において前記のとおり、昭和五一年一月二〇日ころから二月上旬にかけて、債務者競技会らを含む全競技会から債権者についてのあつせん辞退が行なわれたが、その理由としては、それぞれの競技会が②不正競走容疑、④背後関係不明朗(②、④の各番号は前記「出場あつせん辞退選手の取扱いについて」3項に定められたものに対応している。)をあげ、具体的内容として本件レースにおける債権者の走行状況、大口投票の存在をあげており、右全競技会からのあつせん辞退は、その後昭和五一年から昭和五五年まで毎年一〇月に更新の手続がとられており、現在まであつせん辞退の状態が継続されている。

2  以上の事実によると、確かに競輪において公正、安全を確保することは重要であり、債務者日自振が、昭和五一年一月八日債権者について本件レースの走行状況、車券の売上げ状況及び払戻しの状況等から不正競走の疑いを抱き調査を開始し、この期間中債権者を競輪に出場させることは競輪の公正、安全の確保の見地から好ましくないものとしてあつせん保留を行ない、更に右期間満了後である同年四月八日継続調査の必要があるものとしてあつせん保留を二月延長したことはいずれも無理からぬところであつたというべきであり、又、債務者競技会らが、昭和五一年一月二〇日ころから二月上旬にかけて債権者についてあつせん辞退を行なつたことも正当なものとして是認し得るところである。

しかしながら、前記のとおり、選手のあつせんを受ける地位は法的保護に値するものであり、あつせん辞退はこれがなされると債務者日自振においてあつせん辞退の該当選手を当該競技会にあつせんすることはないことからしても、右は選手のあつせんを受ける地位を不当に害することのないよう慎重になされねばならないというべきところ、債権者については債務者日自振において前記疑惑解明のための調査を行なつたものの登録を消除するに足る不正競走の事実を裏付ける資料は得られず、又、債務者日自振の調査能力の限界を十分考慮に入れたとしても債権者の背後関係の不明朗を裏付けるとみられる資料自体あいまいなものが多く、〈証拠〉の各記載内容及び調査内容と対比しても、債権者の背後関係に関する債務者日自振の調査自体十分なものであるとはいえず、更に、債務者日自振において、昭和五一年八月の時点以降債権者について前記疑惑解明のための調査を継続していた旨の疎明はないのであり、一方債務者競技会らにおいて、昭和五一年一〇月、債権者についてあつせん辞退の更新にあたり、債務者日自振、中央情報委員会に事実関係の問合わせ等を行なつた上審理をし直した旨及び昭和五二年以降についても毎年一〇月あつせん辞退を継続すべきか否かについて審理をし直した旨の疎明もない。

以上によれば、債務者競技会らが債権者に対し現在まで漫然とあつせん辞退を継続していたことは、少なくとも現時点においては違法といわねばならず、債務者競技会らは不法行為により債権者が被つた後記損害を賠償すべき義務があるものというべきである。

3 次に債務者日自振の債務者競技会らに対する指導義務については、自転車競技法一二条の一六によると、債務者日自振はその義務として選手及び自転車の競走前の点検の方法、審判の方法その他競輪の実施方法に関し、各競技会を指導するものと定められており、これを受けて業務規程一四一条では、債務者日自振は各競技会が法令等に従つて競輪施行者から委託された競輪の実施に関する事務を適格に処理するよう指導すること、同一四二条では債務者日自振は競輪の実施方法に関し自転車競技会を指導するための基準として通商産業大臣の承認を受け、出場選手のあつせんの依頼、番組編成の要領、選手の出場の確定及び競輪開催中の選手管理の要領を別に定めるものとし、これを受けて前記「番組編成の要領」が定められ、その第5章第5節6において前記第三、四、2のとおりの定めがなされている。また業務規程一四三条では、債務者日自振は各競技会に対し競輪の実施に関する事務に関し競技会を指導するための必要な事項の報告を求めることができるとされ、また前掲疎甲一九号証によると「出場あつせん辞退選手の取扱いについて」の5項で、「辞退の解除については、債務者日自振が当該選手を担当する競技会の意思をきいて、その結果を辞退した競技会に連絡して再検討を要請することがある。」とされていることが認められ、また前記のとおり各競技会においてあつせん辞退が選手の利害に重要な影響を与えるので適切になされることが要請されることからすると、債務者日自振は競技会があつせん辞退をなす場合に、それが適切妥当になされるよう指導すべき義務があるものというべきである。しかして、前記のとおり債務者競技会らが現在まで債権者についてあつせん辞退を継続していることは違法であるといわざるを得ないところ、これに対し債務者日自振において債務者競技会らがあつせん辞退を解除するよう何らかの指導をなした旨の疎明はなく、債務者日自振において債務者競技会らに対し適切な指導をなしていれば、債務者競技会らはあつせん辞退を継続していなかつたであろうことが推認されるので、債務者日自振は債務者競技会らに対し債権者のあつせん辞退を解除するよう適切な指導を欠いたために債権者に対する債務者競技会らの違法なあつせん辞退を継続させたものというべきである。しからば、債務者日自振もまた、債権者が本件あつせん辞退の継続により被つた後記損害を賠償すべき義務があるものというべきである。

第五損害について

債権者は、昭和三五年に競輪選手として登録されてから昭和五〇年一二月末日まで別表のとおりの賞金を得てきたこと、昭和五一年から競輪に出場できなくなつたことは当事者間に争いがないところ、〈証拠〉によると、債権者は昭和三六年から同五〇年までの間平均して全選手平均賞金総額の1.4倍の賞金を得てきており、債権者がA級の選手であること、昭和一四年八月二六日生れであることからすると、競輪に出場できれば、他に特段の事情がない限り少なくとも本案判決確定までは全選手平均賞金総額と同額の賞金を得る見込みがあり、昭和五五年の全選手平均賞金総額が七六七万二五二円であるので、今後少なくとも本案判決確定までの間において、債務者らの前記行為により競輪に出場できないことによる年額金七六七万二五二円の得べかりし利益喪失による損害を被るものということができる。

しかして債権者について特段の事情の存在を窺わせる疎明はない。

第六必要性について

〈証拠〉によると、債権者の家族は父、母、妻、小学生の子供二名の合計六名で、支出としては、家族六名の通常の生活費のほか父、申請外有賀高雄が冠不全等の障害により入院しているので、この入院雑費及び差額ベット代として毎月二万円、債権者及び家族の保険料が毎月五万円余あること、一方収入としては、債権者が夜間諏訪観光タクシーにタクシー運転手として勤務し、昭和五五年度においては毎月平均約金九万円の収入を得ているだけであるが、債権者は昼間競輪の練習を行なわねばならないので収入の良い他の職業に就くことができず、収入を補うため趣味のために収集していた古銭、切手類を売却して毎年一〇〇万円程度の代金を得ていたが、これも売却し尽してしまい、妻がアルバイトに出て毎月約四万円の収入を得ているが、毎月相当額が不足し借金をしていることが認められ、以上の事実を総合勘案すると、債権者は債務者らから毎月金二〇万円の限度で支払いを受ける必要性があるものということができる。

第七債務者競技会らの本件仮処分申請は行政事件訴訟法四四条に反し不適法である旨の主張について

債務者競技会らは、本件仮処分の本案訴訟は行政事件訴訟法にいう抗告訴訟及びこれに附随する金員支払請求訴訟であり、行政事件訴訟法四四条によつて、民事訴訟法上の仮処分を求める本件仮処分申請は許されない旨主張するが同条は行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為について規定するところ、本件仮処分申請事件の本案訴訟が、現に係争中の当庁昭和五三年(行ウ)第一七九号の債務者競技会らに対するあつせん辞退の無効確認と損害賠償請求訴訟であることは当事者間に争いないが、あつせん辞退とは前記のとおり競輪出場契約の一方当事者である施行者の委託を受けた競技会のなす当該選手とは契約を締結しない旨の事前の意思表示であつて、これをもつて行政事件訴訟法四四条にいう行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為であるということはできないから、右主張はその前提において理由がなく失当であり、採用することができない。

第八結び

よつて債権者の債務者らに対する本件仮処分申請は、主文の限度においてこれを正当として認容し、その余は失当として却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法九三条、九二条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(根本久 佐々木寅男 金子順一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例